まず、第一回目は、香川県高松市香南町の福家和仁さんを訪ねました。
平成26年3月29日(土)
福山市内から車で1時間半。瀬戸大橋を渡り、
高松空港にほど近い温暖な場所に福家さんの圃場はあります。
周年栽培用鉄骨ハウス9棟に夏場のパイプハウス2棟を加え、
全体の施設面積は1,850坪。
「精の一世」「精興北雲」「神馬」とディスバッドマムを中心に
年間60万本近く生産していらっしゃいます。
何事も「菊」の立場で考えてみるという福家さんは、土づくりに熱心だ。
ハウス内の通路や畝間に敷き詰められたスーダングラスは、
定植後の保湿性確保と抑草効果や地温維持を兼ねたマルチとして、
毎作ごと100坪のハウスに175キロも裁断し撒いているという
(25キロ巻きスーダングラス7本分)。
栽培期間中に徐々に発酵させ(冬場はヌカも一緒に撒く)収穫後には一緒に鋤き込む。
「これは、今作や次作のためじゃないんだ。ずっといい環境で菊を育ててやりたいからね…」
そう語る福家さんは将来に向けた地力維持・確保も考えている。
まず、元肥は毎作変え、土中の微生物に偏りが生じないよう
バランス保持できるようにしているという。
加えて、作土の土質を見ながら、
3~5年ごとにパワーショベルでの天地返しを欠かさず、
5~6年に1度は必要に応じて客土も行うという。
また、暗渠はすべてのハウスに3~4m感覚で設置している。
福家さんには、手伝って欲しいときだけ1日2~3時間からでも
気軽に力を貸してくれる応援団が13人もいる。
多くは高齢だが、皆何十年も福家さんを手伝ってきたベテラン達だ。
なんでも心得ている彼らだが、定植後の最初の灌水だけは任せてもらえないという。
その理由を福家さんに聞いてみた。
「直挿しして直ぐの灌水は、その後の生育に大きく影響する。
ここでしっかり根を張らせてやらないと、その後どんなに良い肥料や農薬を使ったり、
シェードや電照を上手くコントロールしても、良い菊には育たない。
生育当初の根の伸びは、開花まで影響する…。
だから、手灌水で丁寧に行う必要がある。
例えば、土表面に水が走るようなら、水
圧を下げてじっくり土に浸み込むように丁寧に灌水しなくちゃいけないし、
水浸みのよい土表面の状態なら水圧を上げても大丈夫だが、
反面、灌水量が多くならないように気を配る必要がある…
それらの感覚はマニュアルにはできないから、
菊づくりに責任をもつ意味でも自分か親父でやることにしているんだ。」
定植したら、その上からポリフィルムを被覆する。
急激な温度変化が起こりやすい
3月から高温期の11月までは有孔ポリフィルムを使い、
他の時期は0.02mmのポリフィルムだ。
福家さんはこのポリフィルムを1回きりの使い捨てにしているという。
「何より光の透過度や水滴の持ちが断然違う。おまけに仕事も早くできる。
節約はしなくちゃいけないが、惜しんでばかりでは良い菊に育たないからね。」
さらに福家さんは「夏場でも朝6時から9時の3時間と、
夕方4時過ぎからの3時間は、目いっぱい陽を当ててやりたいんだ。
暑くて焼けそうな昼間はシェードするけど、当てるときはしっかり当ててやる…
だから、ポリフィルムの使い捨ても必要なんだ」と教えてくれた。
福家さんは、灌水をできるだけ抑え、
根を地中深くまでしっかり張らせるようにするという。
写真のように地表が少しひび割れるくらいがちょうどいいらしく、
灌水は夏場は7~12日間隔、冬場なら15~25日間隔で、
地下深くまで水が浸透するようにたっぷり灌水する。
こうすれば、地中深くまで水を求めて根を張るから、
夏期に立ち枯れを起こしやすい品種も大丈夫だという。
「自分の「菊」が愛おしいからこそ、丈夫に育ててやりたいんだ」
そう語る福家さんは、ちょっと葉がしおれて見えるディスバット・マムの葉を指さして、
「これこそ、健康体の表現なんだ…」と教えてくれた。(写真A)
これは、葉が蒸散を抑えようとしている表れで、
菊が自分で自分の身を守ろうとする防御反応のひとつ。
こういう反応を示す菊は健康体である証拠らしい。
実際にこのディスバット・マムは、気温の高い昼間はこのように葉がしおれ気味だが、
朝のうちはパキっと元気だということだ。
毎日しっかり観察し、菊を愛おしく思っている福家さんだからこそ、
その言葉には説得力があると感じた。
福家さんは高校時代に、地元の花市場を手伝っていたという。
しかも無給だというからスゴイ。高校卒業後には、精興園での約1年間の研修経験もある。
どちらも父親の勧めがあったから。
そんな福家さんに父親をどう思っているか尋ねてみたくなった。
「反抗期なんてなかったんじゃないかな。両親の苦労はずっと見てきたし、
姉弟3人とも家を手伝うのは当たり前だと思っていた。
イヤと思ったことはない。もしかしたら、
小さい頃は手伝いたくないと思ったことはあったかもしれないが、
心底イヤだと感じたことは一度もない…。
親父が色んな壁にぶつかり、つまづきながら、失敗を重ねながら、
苦労してきた姿を、僕は子供の頃から見てきた。
だからこそ、自然に手伝いたいと思えたんだと思う…。」
さらに福家さんは、就農して菊を作るごとに、父親の凄さが身にしみたという。
そして25歳のころ、『これは絶やしちゃいけないことなんだ。
続ける価値のあることなんだ』と実感し、
「父親を手伝う」から「父親を継ぐ」に腹がすわったと語った。
今、福家さんは、そんな父親の背中の大きさに怖さも感じているという。
頼もしく、尊敬する父の背中だが、
父の背負ってきた苦労や努力そして菊作りのノウハウを、
本当に深く理解していないかもしれない…
そう思うと、もっと勉強しなくちゃと怖くなるというのだ。
これは、偉大な父親をもつ息子の幸せと苦労なのかもしれない。
フルブルーム・マムは、通常出荷の採花後、圃場で満開に咲くまで7~10日待ち、
1本ずつ丁寧に和紙で包み、タテ箱20本入りで出荷している。
福家さんは、フルブルーム・マムを出荷している。
きっかけは多くの消費者に、菊の本当の美しさを知って欲しかったから。
「花屋で時間が経って咲いてしまった花と、
圃場で咲き誇った花の美しさは違うって気づいて欲しいんだ」
と話す福家さんは、先人が満開菊の出荷にチャレンジしてきたことを知っている。
「市場が厳しくなってきた今だからこそ、やっと時代が反応し始めたんだと思う。
菊=葬儀のイメージが昔ほど強くないのもあって、
フルブルーム・マムは、ダリヤのように使えると言ってもらえ始めた…。」という。
「派手に見えるかもしれないけど、手間を惜しまず、
フルブルーム・マムにチャレンジし続けるのは、
新しい菊の使い道を市場に知ってもらうため。」
そう語る福家さんは、あくまで次世代を冷静に考えている。
最後に、精興園に対する要望をきいてみた―。
「うちのような規模の農家は、うちにしか出来ない特徴ある品種も必要なんだ。
だから、到花週数が長くて、仕立て方がちょっと難しい品種が欲しい。
時間や手間をかけて、自分らしい花を咲かせることが出来れば、
うちを知ってもらう花として出していきたい…。」
そう、話してくれた福家さんの真剣な想いに応え、
福家さんの菊作りを支えられるように、我々もしっかり頑張ります。
お忙しい中、長時間の取材に協力してくださった福家和仁さん、
どうも有難うございました。とてもいい勉強になりました。
訪問してすぐに、取材は息子に任せているといって、
愛車のクラウンで去って行った父親の和幸氏ですが、
後でこっそり息子さんに期待することは?と聞いてみると、
「何にもないよ。普通でいいんだ。でも普通で居続けることが一番難しい。」
とたったひとこと言われました。う~ん!やっぱりスゴイ親父さんだ!
そう感じた取材でした。